島嶼看護

第V章 活動報告

 

第9節 実習指導者の教育能力向上のための研修
はじめに
 島嶼環境を活かして学ぶために、「島嶼臨地実習モデル」を開発し、平成21年度から本格的に宮古島での実習を展開することになった。主たる実習施設の1つである県立宮古病院では、看護実習生の受入れは初めての経験であり、新人看護師からベテラン看護師まで看護スタッフの戸惑いは大きいものと思われた。
 学生が臨地実習の目標に到達するには学生自身の努力が期待されるのは当然であるが、同時によりよい臨床環境を提供することが重要である。Palmerら(2005)は臨床環境の良し悪しが学生の学習成果にちがいを作ることを強調し、教育機関と施設による臨床環境協働プロジェクトを実施した。我々も、この先行研究を参考に、学生の実習指導に当たる看護スタッフの実習指導能力を向上するために、県立宮古病院看護部と協働して研修モデルを開発し、試行した。本研修モデルの特徴は@大学と臨地実習病院とが協働して企画・運営を行なうこと、A県立宮古病院の看護スタッフに適した新しい研修プログラムを開発したことの2点である。
 また、本協働プロジェクトの目的は@学生の実習に関わる看護スタッフと大学教員の実習指導力の向上とともに、A病院の中堅スタッフ(カトレア会メンバー、後述)の研修の企画・運営能力を高めることであった。
 この目的を達成するために、「プログラム運営委員会」と「ワーキンググループ」で構成する協働プログラム組織体制を構築した(図3-9-1)。

 

図3-9-1 協働プログラム組織体制

 

    • 「プログラム運営委員会」は、大学は看護教育の責任者である教授、病院は看護師の管理や教育に責任のある看護部長、教育担当副看護部長、病棟師長で構成された。役割は、プログラムの企画運営、課題の把握・決定、ワーキンググループへのアドバイス、プログラムの評価であった。これまで、プログラム運営委員は、10回(平成23年1月末現在)開催した。
    • 「ワーキンググループ」は、大学は宮古病院の実習指導者、病院は臨地実習指導者講習会を受講者で構成された。役割は、プログラム運営委員会から提示された課題の確認・作業等であった。これまで、ワーキンググループ会議は、18回(平成23年1月末現在)開催した。
    • 実習指導力向上のための協働プログラムについて、大学教職員と病院関係者が情報共有するために、情報誌「まあつき」(第16号まで)を、ワーキンググループ会議終了後毎回発行している(資料3-9-1)。
    • 互いの実習指導力向上のためには、ひとり一人の実習指導力の向上と実習指導体制作りに取り組み「沖縄県立宮古病院実習指導要綱」を作成することになった。
    • 実習指導力向上のために、学生実習で課題になった場面から「尊厳(倫理)を考える(3回)」、「感染管理を振り返る(2回)」、「学生指導を学ぶ(4回)」の3つの研修を企画した。それぞれの研修会が終了し、現在各グループでまとめを行なっている。

 

1.「尊厳(倫理)を考える」グループの報告

表3-9-1 尊厳を考える研修
  

 

 身体拘束に関する研修会では、演習と講演会が開催された(資料3-9-2)。演習では、治療のためにしばられている患者の事例をもとに「患者の安全」「患者の健康」「患者・家族の思い」「患者の権利」について当事者の視点(市民)も加わって意見が飛び交った。講演会では、身体拘束の弊害について説明され、取り組んだ病院の例が紹介された。身体拘束は安易なケアから生まれることが多いので、実習生も含め病院全体で取り組む意識が重要であることが強調された。
排泄に関する研修会では、演習と講演会が開催された(資料3-9-3)。演習では、市民の参加も得て討議し安易におむつをさせないことを確認した。講演会では、トイレで排泄するためのポイント、排泄ケアのアセスメントとケアの具体的な方法について学ぶ機会となった。研修全体をとおして、「排泄を大切にすることは生活を大切にすること」という認識で、日々の排泄ケアに取り組むことを確認し学生指導に生かすことになった。
認知症に関する研修会では、尊厳を考える前に認知症の知識とケア方法について学習が必要という認識から講演会を開催した(資料3-9-4)。認知症は特別ではなく、たとえ認知症になってもその人らしく尊厳を持って暮らすことが大切であること、認知症高齢者の捉え方でケアが異なることが説明された。保健医療福祉介護の専門職や家族介護をしている市民は、認知症の体験世界を理解しケアを行うことに気づかされたという意見が多く聞かれた。
尊厳を考えるグループの研修会は、宮古病院の看護職だけでなく、宮古島の保健医療福祉介護の多様な専門職と市民の参加により、宮古島全体で尊厳を考えるケアのあり方について学んだ。この学びから宮古病院のケアを改善し、学生指導にも反映させることが期待できる。

2.「感染対策」グループの報告
 感染対策グループが行った活動内容を以下の表3-9-2〜3-9-4にまとめた。
 会議は平成22年9月21日から平成23年2月7日迄の間に12回開催された。臨地実習において、学生は標準予防策が必要なケースに対して、確実に実施していない状況があったことから、感染予防を確実に学習できるような実習場の環境作りとして、標準予防策に対するスタッフ全員の認識の共有化と現場における確実な実施が必要ではないかとの課題が提案された。そこで、第1回目の会議では、病院内における感染対策についての職員教育と感染対策の現状と課題、これまで行われてきた感染予防策の研修会や勉強会について確認がなされた。病院内には感染症委員会が組織され、毎月定例で開催しており、各病棟はリンクナースを中心に感染対策に関する活動を行っていることから、感染対策グループの活動に感染管理認定看護師および感染症委員のリンクナースを加えて活動することとした。また、感染症委員会活動との混同をさけるため、感染対策グループの活動のねらいを明確にし、活動方法を集合学習会と病棟勉強会との2本柱で進めて行くこととした(資料3-9-5)。研修等の集合学習会はこれまで定例的に行われており、同じ方法では効果が薄いとの意見があったことから、現場のニーズに沿った研修会にするため、感染対策に関する実習指導上のニーズを事前に把握し(資料3-9-6)それに基づいて県立宮古病院の感染症担当の内科医師による第1回感染対策研修会−標準予防策―を行うこととした(資料3-9-7)。参加者は98名(県立宮古病院66名、院外32名)で、病院内は看護師、コメディカル、医師が、院外からは医療関係者、福祉関係者、保健関係者、地域ボランティアが参加し、多義にわたった。実施後のアンケート結果は、回収率57.3%で看護師、介護職、コメディカル、地域ボランティアから得られ、反応は前向きな意見が多かった(資料3-9-8)。第2回目の集合学習会は、病棟での第2回目の勉強会終了後に一連の感染対策に関する活動のまとめと評価の視点で平成23年2月25日に行われる予定である。
 病棟の勉強会については、病院全体の取り組みとして行う予定であったが、病棟によって実習指導に対する問題意識に温度差があったことから、臨地実習を受け入れた3B病棟、3E病棟、2E病棟の3病棟を対象に行うこととした。
 病棟勉強会は、現場からテーマを出し、それにもとづいてリンクナースを中心にミニ講義、演習、質疑の形をとった。病棟勉強会に先立ち、県立看護大学と県立宮古病院看護部との協働による実習指導力向上のためのプログラムの主旨を共有するために、リンクナースに感染対策グループの活動のねらいを示し、活動の方向性の共有化を図った。初回の病棟勉強会には、標準予防策に対する知識を共有するため、感染管理認定看護師のミニ講義が行われ、病棟が直面している問題について質疑応答式にアドバイスが行われた。ミニ講義はリンクナースに引き継がれている。演習では体験による感染予防に対する根拠の理解に役立った。勉強会後の参加者のアンケートから「無意識に行っていたが気づきになった」「感染予防の日々のケアの振り返りになった」「その病棟にあった内容で良かった」などの声があった。病棟勉強会で得られた学習内容は、感染対策グループ病院スタッフの発案で、質疑応答も含めて広告掲示用チラシにまとめ、参加できなかった病棟スタッフだけでなく病院全体の共有のために掲示し周知を図っている(資料3-9-9)。
 今後は、研修会や病棟勉強会をとおして得られた成果を、実習指導に活用できる病棟マニュアルの作成を検討(CD、MRSAに対する案の提案)し、実習指導要領にも反映するよう活動を進める予定である。

 

表3-9-2 感染対策ワーキング会議の経過

 

    月 日
   (場 所)

                内 容

   出席者

 第1回

9月21日(月)
(大学・宮古島サテライトのICT会議)

・病院内の感染対策への職員教育と感染対策の現状と課題についての説明
・これまでの感染予防策の研修会や勉強会についての効果と課題を検討

大学:2名
病院:3名+認定看護師

 第2回

10月12日(火)
(大学・宮古島サテライトのICT会議)

・事例検討会と集合学習会について検討する。
・事例検討会へのリンクナースと認定看護師の活用と関わり方について
・集合学習会の講師の検討

大学:2名
病院:2名+副看護部長

 第3回

10月18日(月)
(大学・宮古島サテライトのICT会議)

・感染対策グループ@活動のねらい、A活動方法、B評価について明確にする。(資料3-9-5)
・集合学習会の日程を決定
・研修会の前のニーズを把握するために事前にアンケートを実施する。
・集合学習会後のアンケートを実施する。
・病棟勉強会を病棟単位で行うことを決定。その際リンクナースと、認定看護師の役割について決定する。

大学:1名
病院:2名+認定看護師

 第4回

10月25日(月)
(沖縄県宮古庁舎)

・集合学習会の参加対象者(院内・院外)、場所、講師を検討する。
・病棟勉強会の方法を決定
病棟は昨年実習を行った3病棟(3B・3E・2Bとし、3回ずつ行うこと、勉強会の取り組みを議事録で評価すること、ワーキングメンバーが参加することなど。
・アンケートをとる時期について検討
勉強会の前後および研修会後

大学:2名
病院:2名+副看護部長

 第5回

11月1日(月)
(大学・宮古島サテライトのICT会議)

・集合学習会の講師(Dr.嶋崎鉄兵)、場所(県立宮古病院2階会議室)、参加対象者を決定
参加対象者は病院職員及び実習施設を含む院外施設とする
広告掲示用チラシ案の作成
・病棟勉強会を3病棟が3回ずつ実施すること、勉強会では認定看護師にアドバイスをもらうこと、議事録を病棟が作成し評価の資料にすること、勉強会の内容を病棟全体が把握できるような工夫をすることなどを話し合う。
・アンケートについて勉強会の開始前(全員)、勉強会終了時、研修会後に行うことを決定。
参加者の反応を得るため毎回勉強会後に白紙へ自由記載してもらう。

大学:2名
病院:3名+副看護部長

 第6回

11月12日(金)
(大学・宮古島サテライトのICT会議)

・事前アンケートの結果(資料3-9-6)
・集合学習会(研修会)のテーマ、広告掲示用チラシ(資料3-9-7)の確認
・講師依頼文の検討
・勉強会の進め方の検討
リンクナースを中心に行う。
・病棟勉強会の議事録の様式の検討
・研修会の役割分担

大学:2名
病院:2名

 第7回

11月29日(月)
(大学・宮古島サテライトのICT会議)

・集合学習会第1回「感染対策研修会」の振り返り
参加者98名(宮古病院66名、院外32名)
研修会後アンケート結果の確認(資料3-9-8)
・病棟勉強会の進め方の報告
リンクナースと認定看護師にワーキングメンバーから勉強会の目的と進め方についての説明がなされ、リンクナースの負担軽減についても話し合われた。
第1回の日程と内容が提案された。

大学:2名
病院:3名

 第8回

12月10日(金)
(大学・宮古島サテライトのICT会議)

・3E病棟勉強会の振り返り
12/6 参加者13名、勉強会の内容はミニ講義と演習、実施後の全体の周知と課題を検討し広報用チラシを感染対策勉強会内容報告として掲示することを決定

大学:2名
病院:3名

 第9回

12月21日(火)
(大学・宮古島サテライトのICT会議)

・2B病棟勉強会の振り返り
12/20 参加者12名、勉強会の内容は事例を取り上げての演習と討議、日頃の疑問の質疑
実施後の全体の周知のための勉強会内容報告(資料3-9-9)と課題の確認
・勉強会後のアンケート

大学:2名
病院:2名

 第10回

12月27日((月)
(大学・宮古島サテライICT会議トのICT会議)

・3B病棟勉強会の報告
12/27 参加者20名、勉強会の内容はミニ講義と討議、日頃の疑問の質疑
実施後の全体の周知のための勉強会内容報告と課題の確認
・勉強会後のアンケート
・第2回研修会の方法と講師の検討
院内感染対策委員会活動にとどまらないような工夫
・第1回勉強会終了後の振り返り
アンケートの結果にもとづく第2回勉強会のテーマ
の検討
勉強会での質疑のうち病院全体で取り組む必要のある事項の提案

大学:2名
病院:3名

 第11回

1月27日(木)
(大学・宮古島サテライトのICT会議)

・第2回研修会について(資料3-9-10)
講師は認定看護師
・第2回勉強会の企画
院内向け感染対策マニュアルをもとに実習指導に活用できるマニュアルの作成の検討の提案

大学:2名
病院:3名

 第12回

2月7日(月)
(大学・宮古島サテライトのICT会議)

・第2回病棟勉強会の日程と活動終了後のゴールの共有の必要性の確認
・実習指導に活用できる病棟マニュアル作成の検討(CD,MRSAに対する案の提案)
・2回目勉強会の2B病棟のテーマの報告
・報告会の企画
日程と企画案についてリンクナースと検討
・第2回勉強会予定報告

大学:2名
病院:3名

 

表3-9-3 感染対策研修会概要

 

    月 日
   (場 所)

                内 容

   出席者

 第1回

11月25日(木)
17:00〜19:00
(県立宮古病院
2階会議室)

テーマ:標準予防策について(資料3-9-7)
講師:嶋崎鉄兵(県立宮古病院内科医師、感染症
担当)
パワーポイント参照 
アンケート結果(資料3-9-8):回収率は57.3%、看護師33名、看護職6名、コメディカル2人、地域ボランティア3名、記載なし6名)
反応は前向きな意見が多かった。

参加者98名:
県立宮古病院66名(看護師54名、コメディカル8名、医師3名、その他1名)、
院外32名(医療9名、福祉20名、保健1名、地域ボランティア2名)

 第2回

2月25日(金)
17:30〜19:00
(県立宮古病院
2階会議室)

テーマ:教えることは学ぶこと(ちらし資料3-9-10)
講師:渡嘉敷智賀子( 感染管理認定看護師)

参加者は院内外を予定

 

表3-9-4 病棟勉強会

 

    月 日
   (場 所)

                内 容

   出席者

 

 第1回

12月6日(月)
17:00〜17:40
(県立宮古病院
3E病棟)

ミニ講義
・感染対策における看護師の役割、標準予防策、手指衛生
演習:蛍光塗料を汚れに見立て、エプロン、手袋の着脱による汚れの確認
Q&A:患者に触れる前に最初に行うこと/消毒液の適量/手袋を外した後の消毒時期
第1回感染対策勉強会内容報告3E病棟

病棟スタッフ10名+他病棟リンクナース1名、感染管理認定看護師、感染対策グループ1名 計13名

12月20日(木)
16:30〜17:20
(県立宮古病院
2B病棟)

デモストレーション:
・ゴム風船を臀部に見立てて看護師2名でオムツ交換の場面を再現。
・その後、2名の看護師の標準予防策が妥当かどうかをディスカッションした。
Q&A:手袋の二重履きの妥当性について/陰洗ボトルの扱いについて/交換後のオムツの取り扱いについて/手指衛生のタイミングについて/病室に常備する必要のあるPPE(手袋・エプロン・マスク)などについて活発な意見交換があった。
勉強会後アンケート結果:回収率58.3%
・無意識に行っていたが気づきになった。
・感染予防の日々のケアの振り返りになった。
・清潔に関して勉強になった。
第1回感染対策勉強会内容報告2B病棟

病棟スタッフ7名+他病棟リンクナース3名(4B,3B, 3E病棟)、感染管理認定看護師、感染対策グループ1名 計12名

 

 

 

 

平成22年12月27日(月)
16:30〜17:00
(県立宮古病院
3B病棟)

ミニ講義
CDとは、芽胞とは、効果的な清掃とは
Q&A:CDの消毒法/消毒液の濃度/ベッドの清掃/ゴミ袋(赤袋)の縛り方
勉強会後アンケート結果:回収率80.0%
・どこが汚れているか知ることができて良かった。
・わかりやすく、とても勉強になった。
・その病棟にあった内容で良かった。
第1回感染対策勉強会内容報告3B病棟

病棟スタッフ (3E病棟5名,3B病棟2名の看護助手含む)、リンクナース、認定看護師、GP感染グループの20名、

 

 第2回

平成23年2月7日(月)17:00〜17:30
(県立宮古病院
3B病棟)

ミニ講義:
CDの対応について
その後患者へのケアの振り返り
第2回感染対策勉強会内容報告3B病棟

病棟スタッフ8名+感染対策グループ1名

平成23年2月8日(火)
(県立宮古病院
3E病棟)

ニ講義:
尿道カテーテルの取り扱いを統一するために、尿道カテーテル感染のリスクとその対策について
・ディスカッション:
Q&A:尿道カテーテル留置の適応/尿道カテーテルのテープ固定はなぜ必要/採尿バッグを床に触れないように管理する具体的な理由
第2回感染対策勉強会内容報告3E病棟

病棟スタッフ10名+感染症認定看護師、感染対策グループ1名

平成23年2月9日   (水)
17:30〜18:00
(県立宮古病院
2B病棟)

ミニ講義:
・手術部位感染(SSI)とは/手術部位感染のリスク因子/SSIサーベイランス/整形外科手術SSIサーベイランス 2010年4月〜12月の報告/SSIの原因
・対策についての意見交換
Q&AはSSIサーベイランスの目的・目標/手術部位感染のリスク因子/SSI対策バンドルとは

病棟スタッフ 8名+感染症認定看護師、感染対策グループ2名、リンクナース(3E)1名

3.「実習指導」グループの報告
1)研修開発実施チームの構成
 本プロジェクトチームメンバーは県立宮古病院看護職者5名、大学教員3名であった。病院側メンバーは沖縄県看護実習指導者養成講習会(8週間)修了者で構成されるカトレア会のメンバーである中堅看護師3名と看護師長2名からなり、大学側メンバーは老年保健看護助手、成人保健看護講師、小児保健看護教授各1名から構成された。チームリーダーはカトレア会メンバーの看護師が努めた。各メンバーの主な役割は表3-9-5の通りであり、リーダーは病院のカトレア会メンバーとし、サブリーダーを病院と大学に各1名置いた。


表3-9-5メンバーの属性とその役割

 

2)研修プログラムの紹介
 本研修プログラムは4回を1シリーズとしたものであった(図3-9-2)。研修対象者は学生指導に関わった看護師であり、1回の所要時間は2時間であった。会場は宮古病院内の会議室または大学の宮古島教室で開催した。
 

図3-9-2  学生指導研修会

 

3)第1回研修会
(1)テーマ「学生指導を振り返ってーフォーカス・グループ・インタビュー」
(2)目的:参加者が以下のことができる。
 @ 学生が実習に来ることに対して自分の感情に気づく。
 A 学生との関わりに関する経験を共有する。
 B 学生との関わりに前向きになるための対策を考える。
(3)研修の準備
 ・研修案内を出し、参加希望者に対してフォーカス・グループ・インタビュー (以下、FGIという)で問う5つの質問を配布し、予め準備するよう依頼した。
 ・FGIのファシリテーターのために「ファシリテーターの役割」「司会者の手引 き」を作成した。
 ・記録のためにICレコーダー、ビデオカメラを準備した。
(4)研修参加者
 @ 初級者:学生指導経験が4日未満の看護師 8名
 A 中級者:学生指導経験が4日以上の看護師 9名
 B カトレア会メンバー 6名
(5)研修のすすめ方(当日)
 ・倫理的配慮を保証するために、参加者に「ご協力のお願い」と「同意書」 を示し、口頭で説明し、書面で同意を得た。
 ・FGIの時間とファシリテーター(以下、Faという)・補助者(以下、補という) は以下の通りであった。
 初心者G:16:30〜17:30、Fa:大学サブリーダー、補:大学講師
 中級者G:17:30〜18:30、Fa:カトレア会メンバー、補:病院サブリーダー
 カトレア会:16:30〜17:30、Fa:病院サブリーダー、補:大学教授
(6)FGIの問い
 Q1  学生が自分の勤務する病棟にいることをどのように感じていましたか。 なぜそのように感じましたか。
 Q2  学生と関わる中で、上手くできなかった経験(困ったこと、戸惑ったこと、 悩んだことなど)を自由にお聞かせください。
 Q3 学生と関わる中で、それなりに上手くできた経験(満足したこと、学んだこ となど)を自由にお聞かせください。
 Q4 皆さんにどのような準備ができれば、学生にもっと上手く関われそうですか。
 Q5 学生が病棟に実習にくるということは、そこで働く皆さんに実習指導という 役割が加わることです。そのことについてどのように思いますか。
(7)結果
 初級者Gの結果は以下の通りであった(表3-9-6)。

 

表3-9-6 第1回研修の結果(初級者)

 

4)第2回研修会
 第2回研修は「学生指導力向上に向けてーグループディスカッション」のテーマで初級者向けと中級者向けの2種類を行った。グループ討議(以下、G討議という)のファシリテーターのために「司会者の手引き」の初級者用と中級者用を作成した。また、記録のためにICレコーダー、ビデオカメラを準備した。
A.初級者向け研修
(1)サブテーマ「学生をチームの一員として受け入れるために」
(2)目的:実習指導に対する参加者の否定的感情を緩和し、自信と意欲を高める。
(3)時間:16:10〜17:40
(4)役割:Fa:病院リーダー、大学サブリーダー
コメンテーター:大学教授
(5)参加者:学生指導に関わった経験が3回以下の看護職者で第1回研修に参加した者8名。(但し、1名は第1回研修には欠席であったが参加希望のあった者)
(6)研修のすすめ方(司会者の手引き)
@ オリエンテーション
A 前回のFGIの振り返りと確認
B 討議:以下の3つの議題について参加者で討議した。
・看護師が、緊張した、関わりたくなかったという思いで行動することを学生
はどのように感じると思うか?
・自分が学生だったときのことを思い出し、実習中に看護師との経験でうれしかった経験は何か?
・学生をチームの一員として受け入れるために、次回、学生が来たらどのようなことができそうか?
・コメンテーターからの講評
・事後アンケート記入:アンケート内容は、研修終了時点での学生指導に関する不安、自信、意欲の程度(10段階評定)、研修で学んだこと、研修についての感想・意見、次回の研修についての要望などであった。
(7)結果
 事前事後アンケートの結果は表3-9-7のとおりであった。
 すなわち、研修前と研修後を比較すると、初級者では実習指導に対する不安レベル
は8名全員が下がっており、その差は-1〜-6の範囲であった。実習指導に対する自信は大きくなった者が5名、小さくなった者が2名、変化なしが1名であった。実習指導に対する意欲は高くなった者が6名、低くなった、または変化なしが1名であった。

 

表3-9-7 第2回研修結果(初級者)

 

B.中級者向け研修
(1)サブテーマ「実習指導の事例から学ぶ指導のあり方」
(2)目的:実習指導に必要な情報収集力、情報分析力、問題解決力を促進すること
(3)時間:17:50〜19:20(90分)
(4)役割:Fa:大学講師、病院サブリーダー
   コメンテーター:大学教授
(5)参加者:学生指導に関わった経験が4回以上の看護職者で第1回研修に参加した者9名(但し、1名は第1回研修には欠席であったが参加希望のあった者)
(6)研修の準備
 事例検討会で取り上げるインシデント(出来事)2題を決めるために、研修5日前、参加予定者に実習中に困った、または戸惑った出来事およびその理由と実施した対応、みんなで話し合いたい出来事などを記入する調査票を配布した。
 回収後、企画会議で話し合い、以下の2事例を決定した。選定した事例は実習指導においてよくありがちな困った出来事であり、各参加者が自分の問題として考えを深めていけると期待できるものであった。


出来事1<学生の退院指導の内容について>


パンフレットを準備して患者の家族に対しての指導であった。患者は耐性緑膿菌の感染症があり、標準予防策で対応していた。家族に対しては「痰からばい菌が出ていて、抵抗力のない患者にうつるといけないので手洗いをするように」と説明されていたが、主治医や看護師からは詳しく「緑膿菌」については説明されていなかった。学生の作ってきたパンフレットは緑膿菌についての説明があり、家族は聞かされていない「緑膿菌」について聞き不安な表情がみられた。
(成人保健看護実習U 実習期間:11日間)

 

出来事2<学生が患者の側に行けなくなり、泣き出した>


実習2日目の朝、Mさんとその家族から「昨日は話しすぎて、疲れてしまって、夕飯を食べることができなかった」との発言を受けた。学生は、「私との関わりがMさんにストレスを与え、疲れさせたのだと考え、会話をすることができなかった」と話し、Mさんに近づけなくなり泣き出してしまった。実習で学生が泣いてしまう場面は、始めての経験だったので戸惑った。学生に関わった経験がないので、Mさんに近づけなくて泣いてしまっている学生に、どのように関わればよいのかわからなかった。泣くということは、よほど精神的落胆が大きく、残りの実習期間に支障がおこるのではないのかと思い、実習ができないということにならないだろうかという不安があった。
           (老年保健看護実習U 実習期間:3日間)

 

(7)研修のすすめ方
 方法はインシデント・プロセス法を参考に組み立てた簡易的な事例検討法であり、前もって作成した「司会者の手引き」のとおり実施した。
 ステップ1:発表者(事例提供者)が出来事(インシデント)を紹介した。
 ステップ2:参加者はそれぞれ発表者に質問をし、その出来事をよく理解する。
 ステップ3:参加者は問題点を出し合い、整理したそれぞれの問題点に対し、「私 だったらこうする」という対応策とその理由を述べ合う。
  ステップ4:発表者は提供した出来事について実際した対応と、これまでの話 合いの感想を述べる。
 ステップ5:研修後アンケートを記入する。アンケートの内容は、研修終了時点 での学生指導に関する不安、自信、意欲の程度(10段階評定)、研修で学んだこと、研修についての感想・意見、次回の研修についての要望などであった。
(8)結果
 出来事@について討議の結果、パンフレット作成の手続き(実習の進め方)についての課題、宮古病院におけるインフォームド・コンセントの実態に課題がある可能性、学生に情報提供しておくべき内容の整理の必要性などが出された。出来事Aについては家族の言葉の本意を探る必要性、学生の実習目的の捉え方への課題の可能性、患者への配慮について看護師・教員の連携の必要性などが出された。
 事前事後アンケートの結果は表3-9-8のとおりであった。すなわち、研修前と研修後を比較すると、中級者では実習指導に対する不安レベルは不変が4名、高くなった3名、下がった2名であった。実習指導に対する自信は大きくなった者が6名、不変2名、小さくなった者が1名であった。実習指導に対する意欲は不変が5名、高くなった者が4名であった。

 

表3-9-8 第2回研修結果(中級者)

 

5)第3回研修
(1)テーマ「学生指導力向上に向けてーロールプレイ」
(2)目的 
@ 自分のコミュニケーションの特徴を知る。
A 学生を緊張させず自由な発言を引き出すスキルを習得する。
B 学生が理論的に物事を考える(クルティカル・シンキング)を引き出すコーチングスキルを習得する。
(3)研修の準備
@参加者からロールプレイで取り上げて欲しい場面を募集した。集まった6事例を企画会議で検討し、3事例に絞り、加工して3つのシナリオを作成した。

 

シナリオ1


【患者情報】
60歳男性。気さくで話し好き。糖尿病で内服治療中。今回は、左下腿の蜂窩織炎で入院した。現在は1日3回の抗生剤の点滴で、炎症もおさまっている。セルフケアをしているが、十分に洗うことができず、清潔が保たれていない状況である。
【場面】
実習2週目。学生は、直接ケアに足浴を計画した。事前に、足浴の必要性と方法を教員と一緒に患者への説明も済ませた。足浴の実施は、指導看護師と一緒に行なうことになった。
学生は、初めての直接ケアで緊張している様子である。シャワー室で、石けんを泡立て、患部を丁寧に洗っている。
患者は、その様子をじっと見つめていたが、「家では、こんなにゆっくり洗わないよ!もっと、ジャジャ〜ッと洗えばいいサー」 とイライラした様子で話してきた。その時、学生は表情がこわばり、ケアの手がとまってしまった。
側に付いていた、指導看護師は、清潔の必要性を改めて説明し、なんとか気まずい雰囲気を和らげ、学生は足浴を終了した。
さあ、学生と今回のケアについて振り返ってみましょう。

 

シナリオ2

【患者情報】
80歳女性。全盲。自分の身の回りのことは自立している。糖尿病があり、インスリン療法中。インスリンの注射は家族が行なっている。
今回は、喘息発作で入院し、三日間のステロイド注射後、内服治療中。学生が受け持つ三日前まで、酸素療法をしていた。
現在は、体動時に軽度の呼吸苦が出現するが、日常生活に支障はきたさない程度まで回復している。患者は、「また発作が起きたらどうしよう」という不安がある。
【場面】
実習1週目。実習計画は、日々の血糖チェックやインスリン注射の手技確認など、糖尿病主体の計画を立ててきた。「体動時に軽度の呼吸苦」に対しては、体温・脈拍・呼吸回数・血圧・SpO2の測定が計画されていた。
今回の入院は、喘息発作の治療目的である。指導看護師は、糖尿病よりも喘息に対する看護ケアが優先だと考えている。
あなたなら、学生に、どのように関わりますか?

 

シナリオ3


【患者情報】
80歳女性。COPD憎悪して入院。人工呼吸器で呼吸管理されていたが、最近は、散歩もできるぐらいまで呼吸状態も落ち着き、2日前にトラキオカニューレから、スピーチカニューレに変更された。
排痰は多く、ベッドの周囲には痰のついたティッシュが散乱している。何回かゴミ箱に入れるように注意するが、片づけが苦手である。
【場面】
実習2週目。学生と患者は、よく散歩に行く。学生は指導看護師から、カニューレ交換したばかりなので、呼吸状態の観察に注意するように指導されていた。
この日の学生の実習計画は環境整備。丁度、患者のシーツが汚れ
ていた。しかし、学生はシーツ交換を看護助手に依頼して、患者と患者の夫の三人で散歩に出かけようとしている。
リーダーの私は学生を呼び止めて、散歩に同行する理由を確認すると、「カニューレ交換したばかりなので、動いたりしたらSpO2が下がるか、見たいので・・・」と学生から返事が返ってきた。
これでいいのかな? さあ、あなたなら、この学生にどう関わりますか?

 

A 参加者用の「オリエンテーション資料(目的、方法、タイムスケジュール、グループの役割ローテーション等)」、「ロールプレイ時の心得」「ワークシート」「ワークシート記入例」、「グループ配置表」を作成した。
グループの役割ローテーションは下図の通りであった(図3-9-3)。

       

図 3-9-3 グループの役割ローテーション

 

B「総合司会者の手引き」を作成した。
C 記録のためにビデオカメラを8台(8グループ分)準備した。
(4)研修参加者
参加者は初級者と中級者以上を含めた24名であり、3人1組の8グループに分けられた。

(5)研修のすすめ方
 方法はグループ毎に役割とシナリオを変えて以下の1)〜8)を3回繰り返す。3回の演習を終えたら、グループで演習全体の振り返りを行い、ワークシートを完成する。最後に次回のアナウンスと評価用紙を記入して終了する。

(6)結果
 事前及び事後アンケートの回収数は24名中21名であり、結果は表3-9-5の通りであった。すなわち、事前事後アンケートの結果は表5のとおりであった。すなわち、研修前と研修後を比較すると、自分のコミュニケーションの特徴の理解レベルが上がった者(幅1〜10)、または不変は各9名、下がったが3名(幅-1〜−2)であった。自分の気持ちや考えを相手に伝える自信については、高くなったが10名(幅1〜5)、不変6名、低くなったが4名(幅-1〜−3)であった。次に相手の気持ちや考えを聞く自信については、高くなったが10名(幅1〜2)、不変9名、低くなったが2名(共に-1)であった。実習指導に対する自信については、高くなったが11名(幅1〜3)、不変6名、低くなったが4名(幅-1〜−6)であった。いづれの項目においても肯定的変化を示した者の方が否定的変化の者よりも2.5〜10倍も多かった。

 

表3-9-9 第3回研修の結果

 

6)第4回研修
(1)テーマ「学生指導力向上に向けてーコーチングスキルを磨く」
(2)目的 
@ コーチング技法の原則と方法を理解する。
A コーチング技法を用いた学生指導の方法を習得する。
B 学生のクルティカル・シンキング(理論的に物事を考える)を引き出すコーチングスキルを理解する。
(3)研修の準備
@ 前回研修のワークシートを分析し、改善が必要な点を整理し、講義資料を 作成した。
A 前回と同じシナリオを用いて、看護師がコーチングスキルを駆使して学生を指導する、その後の展開シナリオを作成し、ロールプレイにより発表する グループワークを準備した。
B 3つのシナリオについてそれぞれコーチングの模範例を作成した。
C 記録のためにビデオカメラを準備した。
(4)研修参加者
院内42名、部外者3名、計45名のであった。そのうち、第3回の参加者は
16名、初めての参加者は29名であった。  
(5)研修のすすめ方
第1部 講義「コーチングスキルを磨く」:講師 大学教授(メンバー)40分 
第2部 グループワーク:50分
・参加者をシナリオ別に3つの大グループに分けた。
・グループメンバーで討議を重ねながら、講義で学んだコーチングの原則、技法を意識しながら、学生指導の展開シナリオを作成する。
第3部 発表:20分
 代表者がロールプレイにより作成したシナリオを発表する。
まとめ 発表についての講評と用意した模範例の簡単な説明、評価用紙の記入。

(6)結果
 これまで参加してこなかった人の参加を大勢認めたことで、3グループのうち1グループのグループワークが失敗に終わった。成功した2グループは継続的参加者がリーダーシップをとったが、他の1グループは継続的参加者がファシリテーターとして機能しなかったためであった。前者2グループは、閉ざされた質問もあったが、全体的にバックトラッキングを活用し、肯定的フィードバックをしながら指導をしていた。発表は、シナリオの読み上げに2分、ロールプレイ3分、計5分程度で終了した。
 次に、事前事後アンケートの結果は次の通りであった。アンケートの回収数は25名であり、結果は表3-9-6の通りであった。すなわち、研修前と研修後を比較すると、自分のコミュニケーションの特徴の理解レベルが上がった者が17名(幅1〜6)、不変が7名、下がったが1名(-1)であった。自分の気持ちや考えを相手に伝える自信については、高くなったが20名(幅1〜4)、不変3名、低くなったが1名(-1)であった。次に相手の気持ちや考えを自信については、高くなったが19名(幅1〜4)、不変4名、低くなったが2名(幅-2〜-3)であった。実習指導に対する自信については、高くなったが20名(幅1〜3)、不変4名、低くなったが1名(-1)であった。いづれの項目においても肯定的変化の者の方が否定的変化の者の9.5〜20倍であり、極めて多いことが明らかになった。

 

表3-9-10 第4回研修の結果

 

おわりに

 今回実施した複数の研修モデルの短期的評価は概ね肯定的であることが立証されたが、今後長期的評価の方法の開発と実施も合わせて行なっていく必要がある。これらのモデルはまだ生まれたばかりの小さな研修プログラムで改善点も複数明らかになった。今後とも継続して病院と大学が協働してさらに試行錯誤を重ね、本格的なプログラムに育てていきたい。

 
     
     
     

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